アニメの世界、特に「異世界召喚もの」といえば、特別な聖剣や魔法を授かり、魔王を倒す英雄として期待されるのが定石です。しかし、この『とんでもスキルで異世界放浪メシ』の幕開けは、そんな王道を鮮やかに裏切ってくれました。
主人公「ムコーダ」が授かったのは、戦闘力ゼロの「ネットスーパー」というスキル。
一見、外れクジを引いたように見えるこの能力が、実は最強の生存戦略に変わっていく。その過程は、長年ITの世界に身を置いてきた私にとって、非常に示唆に富むものでした。
組織の「空気」と、静かなる損切り
物語の冒頭、ムコーダは自分を召喚した王宮のきらびやかさに惑わされず、その裏にある胡散臭さを即座に察知します。
明らかな描写はありませんが「これは利用されるだけだ」と直感したのでしょう。勇者の特権を捨てて早々に王宮を辞退する彼の決断力には、目を見張るものがあります。
何か、平社員がいきなり社長の前に連れ出され、でもその場で辞退を社長に告げる、みたいなものですよね。
これができるのは、社会人の経験が大きくものを言っていると思いますし、その直感から「損切り」とも言える行動につながったのでしょう。
現実の社会、特に組織の中にいる私たちは、なかなか彼のような潔い「損切り」はできません。たとえば、プロジェクトの空気が悪くても、予算の使い方が不透明でも、与えられた役割を最後まで全うするのが組織人としての責任だからだし、「嫌だから変えてください」と言っても、単なるわがままになってしまいます。
私自身も、会社員時代はそうでした。違和感があっても、なるべく不毛な会話に参加しないことで自分を守るのが精一杯。でも人間関係においては話が別です。
社内外を問わず、「この人とは深い関わりを持たない方がいい」という直感には、抗わないようにしてきました。組織の役割は全うしつつ、個人の領域では静かに距離を置く。それが、長く荒波の中で自分を保つための現実的な防衛策だったのです。
「ネットスーパー」というスキルに学ぶ、スキルの再定義
それにしても、異世界で「ネットスーパー」が使えるという設定には驚かされました。
多くの物語が「個人の戦闘力」を競う中で、まったく明後日の方向、つまり「インフラの活用」をスキルとして持ち込んだ点に、私は一気に引き込まれました。
私たちエンジニアの世界でも、派手な言語や最新のフレームワークを使いこなすことだけがスキルではありません。私の中で「食いっぱぐれないスキル」を定義するなら、それは単一の技術名ではなく、新しい道具を「勉強し続け、活用できる状態にしておくこと」そのものです。
現在はAIの進化が凄まじいスピードで進んでいます。私も日々AIを学び、実務に取り入れていますが、こうしたIT系のスキルは単なる知識ではなく、自分の人生を支える「財産」です。
主人公のムコーダがネットスーパーという一見地味なツールを使い倒して異世界を生き抜くように、私も最新のITというインフラを使いこなすことで、どんな環境の変化にも適応していきたいと考えています。
既存ツールを使いこなす「巨人の肩」に立つ勇気
そして主人公の設定も実に面白いものです。
アニメタイトルに暗示されてますが、ムコーダは料理が凄く得意。
彼の作る料理の決め手は、異世界の未知の魔材ではなく、現代の「生姜焼きのタレ」や「コンソメ」といった完成された調味料。これが異世界の住人や魔獣を虜にするシーンは、開発現場における「ライブラリ活用」そのものに見えました。
エンジニアの中には、何でも一から作り上げる「スクラッチ開発」に美学を感じる人もいます。もちろん、基礎を深く知るためにそれは重要なことです。しかし、先人が作り上げた「既存のツール」や「ライブラリ」を賢く組み合わせることは、決して手抜きではありません。
既にあるものを最大限に活用し、その上で、まだ誰も到達していない場所で初めて自分の手で苦労して作り上げる。それこそが真の進歩であり、知的な仕事のあり方だと言えます。
異世界の食材に日本の調味料を掛け合わせるムコーダの姿は、既存技術を最適に組み合わせて新しい価値を生む「アーキテクト」の姿そのものと感じます。
現状維持を望む脳と、変化への挑戦
かつての日本では、一箇所で定年まで我慢して働き続けることが「正解」でした。しかし今は、政治も社会も変わり、一つの場所に留まることだけが生存戦略ではなくなっています。
ムコーダが「勇者として戦う」という、用意されたレールから降りて放浪の旅に出たように、私たちにも「戦場から降りる」という選択肢があります。しかし、これは言うほど簡単なことではありません。
人間の脳は、本能的に「現状維持」を好むようにできています。変化は生存を脅かすリスクとして処理されるため、新しい挑戦には常に恐怖が伴います。だからこそ、今までの習慣や地位を捨てて変化に飛び込むことは、非常に勇気がいる行為なのです。
私も52歳になりましたが、「思い切って変化に挑戦すること」の価値が、かつてないほど高まっていると感じています。
安定という名の停滞に甘んじるのではなく、自分が必要だと感じたなら、脳のブレーキを外して新しい環境へ踏み出す。ムコーダの気楽な放浪旅は、そんな「大人の変化」への挑戦を肯定してくれているようです。


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