格上への挑戦で何を持ち帰るか|52歳エンジニアが敗北から学んだこと

「二つ、方法があります」

請求書処理の効率化について相談されたとき、私は短期で対応する案と、将来の拡張まで考えた案をその場で提示しました。すると、ベテランの企画担当者から「なぜ、そんなにすぐ二つも案が出るの?」と聞かれたのです。

自分では、特別に頭が速く動いた感覚はありませんでした。急いで作ってあとから苦労したこと、将来を考えすぎて計画が止まったこと。過去の失敗が、二つの選択肢として出てきたのでしょう。

『はじめの一歩』第3話で、一歩は格上の宮田一郎に挑み、自分の拳が通じる瞬間をつかみます。仕事でも完全に勝てる場面は多くありませんが、何が通じ、何が足りなかったのかを持ち帰ることはできます。

この記事では、企画担当者への提案と、お蔵入りになったプログラムの経験を中心に、負けや不採用を次の判断へ変える方法を振り返ります。

格上を前に、自分の経験が通じた瞬間

二つの案をその場で提示した

相談を持ちかけてきたのは、他部門でも知られたベテランの企画担当者でした。業務への理解が深く、こちらの説明が曖昧だと、すぐ本質を突いてくるような人です。

正直、相談を受けたときは少し身構えました。

依頼内容は、毎月行っている請求書処理の大幅な効率化です。現場では複数のデータを照合し、数字に間違いがないか人の目で確認していました。

ただ処理を速くするだけでは足りません。ミスを減らし、今の運用を大きく壊さず、限られた予算と期間に収める必要があります。

話を聞いているうちに、私の頭には二つの方向が浮かびました。

  • 既存の請求管理システムを流用し、短期間で対応する
  • 専用モジュールを作り、将来の変更や拡張に備える

既存システムを使えば、費用と期間を抑えられます。ただし、元の仕組みに引っ張られるため、数年後の変更には弱いかもしれません。

一方、専用モジュールを作れば、保守や機能追加はしやすくなります。その代わり、開発期間も費用も増えるでしょう。

私は、その二つを「どちらが正しいか」ではなく、「何を優先するかで選ぶ案」として説明しました。

すると企画担当者は少し黙り、「なぜ、そんなにすぐ現実的な案が二つも出るの?」と聞いてきました。

格上だと思っていた相手の反応に、こちらのほうが戸惑いました。ああ、これは少し通じたのかもしれない。そんな小さな手応えが残りました。

失敗の蓄積が判断を速くした

二つの案が出たのは、私の頭の回転が特別に速かったからではありません。

以前、納期を優先して急いで作った仕組みが、あとから変更できず、結局かなりの部分を作り直したことがあります。逆に、将来を考えすぎて大きな仕組みを計画し、完成する前に必要性が変わってしまったこともありました。

短期対応にも弱点があり、長期的な設計にも別の危うさがある。両方で失敗したからこそ、最初から二つを並べて考えられたのだと思います。

若い頃の私は、正しい答えを一つ出そうとしていました。しかし現場では、正解より「条件に合った選択肢」が求められる場面があります。

納期を守るのか。予算を抑えるのか。数年後の保守まで考えるのか。それが分からないまま、技術的に優れた案だけを出しても、相手は判断できません。

企画担当者を驚かせたのも、案を二つ思いついたことだけではなく、それぞれの違いを選べる形で示したことだったのでしょう。

『はじめの一歩』で、一歩は宮田より技術も経験も下でした。それでも、一つのパンチで相手の予想を超えます。

仕事でも、すべての面で格上に勝つ必要はありません。自分が積み上げてきたものの中から、一つでも相手の想像を超えるものを出せれば、そこから話が始まることがあります。

お蔵入りのアイデアから得た手応え

4年後に再び検討された

新人時代、請求書のデータ照合を自動化する小さなプログラムを作ったことがあります。

毎月、人が二つのデータを見比べ、数字が合わない箇所を探していました。単純に見えますが、件数が増えると時間がかかり、見落としも起こります。

「ここは自動化できるのではないか」

そう考え、仕事の合間に試作しました。自分なりに工夫し、きちんと動いたときはかなり嬉しかったのを覚えています。これなら役に立つ。少なくとも私は、そう思っていました。

ところが、当時は採用されませんでした。

運用を変えるほどの効果があるのか。保守は誰が担当するのか。想定外のデータが入ったときに、どう対応するのか。いくつか懸念があり、そのままお蔵入りになったのです。

そのときは、かなり落ち込みました。技術的に動くものを作れば、評価されると思っていたのでしょう。

「せっかく動くのに、なぜ使わないのだろう」

そんな気持ちもありました。

今思えば、プログラムを作ることと、会社が継続して使える仕組みにすることは別です。新人だった私は、運用や保守まで十分に説明できていませんでした。

それから約4年後、私は要求仕様を作る立場になっていました。

新しい仕組みを検討しているとき、ふと、以前のデータ照合のアイデアを思い出しました。同じプログラムをそのまま使うわけではありません。それでも、考え方は使えるのではないかと思い、仕様の一部として提案してみました。

すると、打ち合わせに参加していたメンバーから、「それ、いいじゃん」と声が上がったのです。

あまりにあっさり受け入れられたので、少し拍子抜けしました。数年前には見向きもされなかった案が、立場や条件、周囲の課題が変わったことで、現実的な案として検討されました。

最終的には製品化のハードルが高く、実現には至りませんでした。また採用されなかった、と言えばそのとおりです。

ただ、最初のお蔵入りとは受け止め方が違いました。一度は会社の正式な仕様として検討され、利点も課題も話し合われたからです。

「自分の考えは、まったく的外れではなかった」

それだけでも、私には十分な手応えでした。

評価されなかった理由を考え直す

提案が通らなかったとき、私たちはつい「アイデアが悪かった」「自分の力が足りなかった」と考えます。

もちろん、内容そのものに問題がある場合もあります。ただ、仕事では別の理由で見送られることも少なくありません。

  • 実施する時期が合っていない
  • 費用や人員を確保できない
  • 運用や保守の方法が決まっていない
  • 現在の担当者が必要性を感じていない
  • ほかに優先すべき課題がある

一度否定された案が、数年後に急に受け入れられることがあります。そう考えると、見送られた提案をすべて失敗として捨ててしまうのは、少しもったいない。

私は以前より、通らなかった理由を分けて考えるようになりました。

考え方そのものが悪かったのか。説明が足りなかったのか。運用まで考えられていなかったのか。それとも、単に出す時期が早かったのか。

ここが分かれば、次に提案するときの形を変えられます。

新人時代のプログラムも、最初は「動くものを作った」という視点しかありませんでした。4年後には、誰が使い、どう保守し、どの仕様へ組み込むかまで考えられるようになっていました。

同じアイデアでも、出す側の視点が変われば、受け取られ方も変わります。

負けた経験が武器になるとすれば、悔しさを抱えたまま覚えているからではないのでしょう。何が足りなかったのかを、次に使える形で残せたときです。

次の一歩を出すための目標と試し方

仕事の中で出会う「格上」は、技術力が高い人ばかりではありません。私には、生き方そのものが目標になっている先輩がいます。

その方は定年退職後、若い頃から続けていたジャズギターへ本格的に取り組みました。70歳を過ぎた今もライブ活動を続け、オリジナル曲まで発表しています。

毎週練習し、人前で演奏する。言葉にすると簡単ですが、続けるのは大変です。年齢を重ねれば体力も生活環境も変わりますし、退職後に新しい人間関係へ入る難しさもあるでしょう。

それでも、先輩は楽しそうに続けています。

私が新しいAIツールを触るときや、ブログを書く手が止まりそうになったとき、ふと先輩の姿を思い出します。

「70歳を過ぎてもライブを続ける人がいるのだから、52歳で新しい技術に戸惑っている場合ではないな」

まあ、単純な比較ではありません。それでも、そう考えると少しだけ手が動きます。

若い頃は、ライバルとは競争して倒す相手だと思っていました。しかし今は、「あの人のように進みたい」と思わせてくれる人も、立派なライバルだと思っています。

相手に勝つ必要はありません。質問の整理の仕方、提案するときの順番、続けるための習慣。自分との違いを一つだけ見つけて持ち帰れば、それで十分です。

生成AIを使ったシステム刷新の検討に関わったときも、最初から自信があったわけではありません。調べるほど分からないことが増え、すべて理解してから始めようとすると、なかなか手が動きませんでした。

そこで、いきなり本番の仕組みを作るのではなく、小さなPoCから始めました。限られたデータと機能だけで動かし、期待する結果が出るのか、どこに危険があるのかを確認したのです。

これは勇気というより、過去の失敗から身についた癖に近いかもしれません。

以前、設計を固めることに時間をかけすぎ、実際に動かした段階で前提の間違いに気づいたことがあります。あの徒労感は、今でも忘れられません。

考えることは必要です。ただ、考えるだけでは分からないこともあります。

今は、失敗しても影響の小さい範囲を決め、一番分からない部分から先に試します。その結果を見て、続けるか、方法を変えるか、いったん戻るかを判断する。

格上の相手や未知の技術を前にして、怖さが消えるわけではありません。それでも、挑戦を小さくすれば、最初の一歩は出しやすくなります。

先輩の背中が進む方向を示し、小さな実験が実際の一歩を作る。私にとっては、その二つが新しいことを続ける支えになっています。

まとめ|勝てなくても持ち帰れるものはある

格上の相手へ挑戦して、毎回勝てる人はいません。

私も、企画担当者より業務を深く理解していたわけではありません。新人時代のプログラムは採用されず、4年後に再び検討された案も最終的には製品化されませんでした。

結果だけを見れば、負けや見送りのほうが多いかもしれません。

それでも、その場で二つの案を出せたこと。昔のアイデアが完全には間違っていなかったと分かったこと。70歳を過ぎても挑戦する先輩の背中を目標にできたこと。

そうした小さな手応えは、次に動くときの材料になっています。

『はじめの一歩』第3話で、一歩は宮田との実力差を思い知らされます。それでも、自分のパンチが届いた瞬間を知りました。

仕事で格上と向き合うときも、大切なのは最初から勝つことではないのでしょう。

何が通じたのか。何が足りなかったのか。次は、どのくらいの大きさで試すのか。

その三つを持ち帰れば、負けや不採用を、ただの嫌な記憶で終わらせずに済みます。

悔しさが消えるわけではありません。いや、消えないからこそ覚えている面もあります。

ただ、その記憶を次の判断に使えたとき、初めて経験は武器になるのだと思います。

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