48歳で会社を辞めた直後、私は少しぼんやりしていました。
長く勤めた会社を離れると、役職も担当案件も、社内で頼られていた立場も一度になくなります。自由になったはずなのに、「会社の外でも、自分はエンジニアとして通用するのだろうか」と不安になりました。
それでも、新しい技術を調べて実際に動かすことだけはやめませんでした。52歳になった今も、週末には生成AIをはじめ、気になった技術を少しずつ試しています。
この記事では、40代で会社を辞めた私が、その後も技術を学び続けている理由をお伝えできればと思い、年齢を重ねてからの学び方や、若いエンジニアと同じ競争をせずに経験を生かす考え方もまとめました。
「今から新しい技術を学んでも遅いのでは」と迷っている方が、次に何を試すか考える材料になればと思います。
会社を辞めると自分の価値が分からなくなった
会社員だった頃の私は、担当している仕事や社内での立場によって、自分の価値を確かめていたのだと思います。
チームのメンバーから相談を受け、会議では判断を求められます。納期が近づけば忙しくなり、問題が起きれば対応に追われる。大変ではありましたが、「自分にはやることがある」という感覚はありました。
ところが、会社を辞めると、その状況が一変します。
朝になっても出社する必要はありません。確認を求める連絡も、急ぎの会議もない。最初は気が楽でしたが、しばらくすると別の不安が出てきました。
「会社の名前がなくても仕事を任せてもらえるのか」
「これまでの経験は、外でも役に立つのか」
「自分の技術は、もう古いのではないか」
正直、会社を辞めた後に一番こたえたのは、仕事の量が減ったことではありません。自分の価値を判断する基準がなくなったことでした。
会社にいると、肩書きや評価、担当案件が、自分の現在地をある程度教えてくれます。しかし、その看板が外れると、最後に残るのは自分が何を知っていて、何ができるのかです。
そこで私は、以前から気になっていた技術をもう一度触り始めました。立派な目標があったわけではありません。まずは「まだ自分は手を動かせる」と確かめたかったのだと思います。
会社を離れた後の技術学習は、仕事を得る準備であると同時に、自分の感覚を取り戻す時間でもありました。
若手を見て「もう勝てない」と思った
若手の提案で気づいた自分の役割
会社を辞める前、
大規模なWebシステムの刷新に関わったことがあります。
会議では、30代前半のメンバーが新しい開発環境やクラウド技術を使った提案を次々に出していました。説明を聞けば内容は理解できます。ただ、技術の選択肢が自然に出てくる速さは、当時の私とは違って見えました。
「もう次の時代が始まっているな」
そう思ったのを覚えています。
少し前の私なら、負けてはいけないと考え、すべて自分で勉強して先頭に立とうとしたかもしれません。けれど40代後半になり、それは現実的ではないと気づき始めていました。
新しい技術の情報量も、変化の速さも増えています。すべてを同じ深さで覚えようとすれば、いくら時間があっても足りません。その一方で、私は長年の開発経験から、設計上の危険や運用時の問題には気づけます。
新しい仕組みを使う若手に対して、
「この条件だと障害が起きたときに復旧が難しくないか」
「実際に運用する担当者が困るのは、どの部分だろう」
「以前、似た構成でここが問題になった」
といった話はできました。
そこで考え方を変えました。
新しい技術を覚える速さで若手と競うのではなく、自分が経験してきた失敗や判断基準と、新しい技術を組み合わせればよいのではないか。
手順ではなく判断基準を引き継いだ
そう考えてから、すべてを自分で担当するのではなく、若いメンバーへ仕事を引き継ぐ準備も始めました。
引き継いだのは、操作方法や手順だけではありません。
- なぜその設計を選んだのか
- どの条件なら判断を変えるのか
- 過去にどの部分で失敗したのか
- 問題が起きたときに何を先に確認するのか
こうした、資料に残りにくい部分も言葉にしました。
自分が長く担当した仕事を誰かに渡すのは、思った以上に寂しいものです。「まだ私の方が分かっている」と思う場面もありました。
いや、実際に口を出しすぎたこともあります。
それでも任せてみると、自分にはなかった改善案が出てきます。そこでようやく、役割を譲ることと、エンジニアをやめることは別だと分かりました。
技術を学ぶのは若手に勝つためではない
会社を辞めた後も技術を学んでいると言うと、「仕事を取るためですか」と聞かれることがあります。
もちろん、それも理由の一つです。
フリーランスとして仕事を続けるなら、新しい技術やサービスをまったく知らないままでは難しいでしょう。過去の経験だけで対応できる仕事にも限りがあります。
ただ、それだけなら、必要な範囲だけ勉強すれば済むはずです。
それでも休日にPCを開き、直接仕事とは関係のない技術まで試してしまうのは、単純に「どう動くのだろう」と気になるからです。
誰にも評価されなくても面白かった
30代前半の頃、
データをグラフで見せる技術に夢中になった時期がありました。
当時は周囲から、それほど重要な技術だと思われていなかった記憶があります。それでも論文や技術資料を読み、プログラムを書き、グラフの形を何度も調整していました。
夜になり、オフィスの照明がほとんど消えても作業を続けたことがあります。
何度試しても思ったように動かなかったグラフが、ある瞬間、予想した形に変わりました。
「ほら、やっぱりそうなるよな」
思わず声が出ました。周りには誰もいません。
売上が増えたわけでも、上司に評価されたわけでもありません。それでも、分からなかったものが少し分かった。その瞬間がうれしかったのです。
52歳でも「なぜだ」と試してしまう
52歳になった今も、この感覚はあまり変わっていません。
最近は、生成AIを使った業務の自動化を試しました。最初は思ったような回答が返らず、処理の途中で止まる。修正したら別の場所がおかしくなる。久しぶりにPCへ向かって「なぜだ」と独り言を言いました。
まあ、こういう時間も嫌いではありません。
何度か見直すうちに、月次レポート作成の一部を効率化できそうな形になりました。完成と呼べる段階ではありませんでしたが、「これなら仕事に使えるかもしれない」と見えた瞬間は面白かったです。
私が技術を学び続ける一番の理由は、若手に負けないためではなく、分からないことを試す面白さをまだ失っていないからです。
40代以降は経験と新しい技術をつなげる
覚える速さより判断できることが強み
年齢を重ねると、
新しい技術を覚えるのが遅くなったと思うことがあります。
以前なら一度読めば理解できた説明を、何度も読み返す。設定項目の名前が頭に入らず、さっき見た画面をもう一度探す。
そんなことも増えました。
若い頃と同じように学べない自分へ、
焦りを覚える人もいるかもしれません。私にもあります。
ただ、長く仕事をしてきたからこそ分かることもあります。
新しい技術を見たときに、使い方だけでなく、
- 導入後の運用で誰が困るか
- 障害が起きたときにどう切り戻すか
- 説明や教育にどれくらい時間がかかるか
- 本当に既存の仕組みを置き換える価値があるか
といった点まで考えられるようになりました。
技術の新しさだけに引っ張られず、
仕事の中で本当に使えるかを考えられるのは、過去の失敗や調整経験があるからです。
過去の経験は捨てなくていい
私も以前は、「古い知識を捨て、新しい技術を一から覚えなければならない」と考えていました。しかし、すべてを捨てる必要はありませんでした。
たとえば、生成AIの仕組み自体は新しくても、入力データの品質、権限管理、利用者への説明、障害時の対応といった問題は、これまでのシステム開発と共通しています。
新しい技術へ、過去の経験をどう持ち込むか。
そこに40代以降のエンジニアが学び続ける意味があると思います。
若手と同じ速さで覚えることより、これまでの経験を使って新しい技術の価値と危険を判断することが大切です。
学び続けるために大きな目標を立てない
大きな目標ほど始めにくくなる
技術を学び続けるといっても、
毎日何時間も勉強しているわけではありません。
疲れてPCを開く気になれない日もあります。少し資料を読んだだけで、結局何も作らずに終わる週末もあります。
若い頃のように、深夜まで毎日作業することは難しくなりました。体力の問題もありますし、仕事以外に使いたい時間もあります。
そのため、今は最初から大きな目標を立てないようにしています。
「この技術を完全に習得する」
「3か月で資格を取る」
「新しい分野へ転職できるレベルになる」
このように考えると、始める前から負担が大きくなります。
まず1時間だけ触って判断する
私が実際に行っているのは、もっと小さなことです。
- 気になった技術を一つ選ぶ
- まず1時間だけ触る
- 小さな機能を一つ動かす
- 分からない点をメモする
- 面白ければ翌週も続ける
一度触ってみて、自分の仕事には必要ないと分かることもあります。それも無駄ではありません。
技術名だけを知っている状態と、
実際に少し触って難しさを知っている状態では、その後の判断が変わります。
以前、話題になっていたツールを試したところ、簡単に使えると思っていた部分で設定にかなり手間がかかりました。仕事へ導入する前に試していなければ、納期や費用を甘く見積もっていたはずです。
学ぶことは、必ずしも専門家になることではありません。自分の目で確かめ、どこまで使えそうか判断できれば、それだけでも仕事に生かせます。
一人で学び続けないようにする
会社を辞めると、技術について気軽に話せる相手が減ります。
会社員時代なら、隣の席にいる人へ「この方法、どう思う」と聞けました。雑談の中で、知らなかったサービスや失敗事例を知ることもあります。
フリーランスになると、そうした偶然の会話は少なくなりました。
一人で調べていると、自分の理解が正しいのか分からなくなることがあります。間違った方向へ何時間も進んでしまうことも珍しくありません。
そこで私は、以前の同僚や仕事仲間とのつながりを意識して残すようになりました。
以前、元同僚と二人でシステム改修を担当したときのことです。私が作った予定を見て、彼から「この部分は現実的ではない」と指摘されました。
私は経験もあるし、何とかなるだろうと思っていました。
しかし作業を細かく分けて確認すると、確かに無理があります。自分の得意な作業だったため、必要な時間を少なく見積もっていたのです。
長く仕事をしていると、経験が助けになる一方で、「これくらいならできる」という思い込みも強くなります。
学習も同じです。
一人で試す時間は必要ですが、
誰かへ説明したり意見を聞いたりすると、自分が理解できていない部分に気づきます。
技術のコミュニティへ参加する方法もありますが、無理に大勢の輪へ入らなくてもよいと思います。気軽に話せる相手が一人いるだけでも違います。
私の場合は、以前の同僚と近況を話したり、仕事で使った技術について情報を交換したりすることが、学びを続ける助けになっています。
まとめ
48歳で会社を辞めた直後、
私は自分がエンジニアとしてどこまで通用するのか分からなくなりました。
それでも技術を学ぶことをやめなかったのは、仕事を得るためだけではありません。分からない仕組みを調べ、実際に動かし、「なるほど、こうなるのか」と分かる瞬間が、今でも面白いからです。
40代以降は、若いエンジニアと同じ速さで新しい技術を覚える必要はないと思います。これまでの失敗や判断経験と新しい知識をつなげれば、自分なりの価値を出せます。
毎日長時間勉強しなくても構いません。まずは気になる技術を一つ選び、1時間だけ触ってみる。その程度でも、学びを完全に止めないことには意味があります。
会社や肩書きが変わっても、「これはどう動くのだろう」と考える自分は残りました。
たぶん私は、これから働き方がまた変わっても、PCを開いて何かを試すのでしょう。それが、今もエンジニアを続けている一番の理由です。


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