もし、自分が積み上げてきた仕事や立場を、ある日突然すべて失ったら、何を拠り所にもう一度立ち上がるのか。アニメ『Dr.STONE』第5話を見ながら、私はそんなことを考えました。
文明が滅び、全人類が石化した世界。
そこでたった一人、3700年の時を経て目覚めた千空。
第5話で描かれた彼の「孤独な半年間」の回想は、単なるサバイバル記録ではありません。それは、エンジニアリングの根源にある「知的好奇心」と、避けられない「世代交代」の理を私たちに突きつけているように思えます。
この記事では、千空の半年間に自分の引退や仕事観を重ねながら、人がどんな状況でも手放せない仕事の核とは何か、孤独な探究を支える楽しさはどこから生まれるのか、そして次の世代に道を譲る判断をどう受け止めるべきかについて考えてみます。
キャリアの転機や仕事観を見つめ直すヒントになれば嬉しいです。
関連)極限状態の判断について(第4話)はこちら:
極限状況での判断とチームの役割|エンジニア視点で考えるDr.STONE第4話
0.1秒の迷いもない「アイデンティティ」
この5話で、武力で支配しようとする司は、千空にこう迫ります。「科学を捨てれば、君を殺さずに済む」と。でも千空は0.1秒も迷わずにそれを拒絶。
まさに「魂を売れ」「利益を取れ」みたいな問いかけですが、実際、現代の日常生活で「魂を売るか否か」という究極の選択を迫られることは滅多にありません。
せいぜい夕食のおかずの量を自分だけ少し多く盛るような、ささやかな「利への流され方」を経験する人が大半ではないでしょうか。ただ人生には時として「その後の歩みを決定づける大きな分岐点」が現れるものです。
若い頃の私は、失うものなど何もないという意識で、自分の考えをどこまでも押し通してきました。
ですが、守るべき家族や組織(部下など)が増えたとき、人はその「誇り」を一時的に封印してでも、平穏に従う道を選ぶことがあります。
それは決して逃げではなく、一つの「守るための決断」だと思います。
それでも千空の姿を見て私は思うのです。自分を自分たらしめている「核」の部分、私で言えばエンジニアとしての誠実さだけは、どんな状況でも差し出してはいけないのだと。
自分が「将来の負債」になる前に身を引くという選択
この第5話で最も衝撃的なのは、司の決断です。
彼は千空という「個人」を愛しながらも、千空が復活させるであろう「科学文明」が再び格差社会を生むことを恐れ、その芽を摘むために千空を亡き者にする道を選びます。
この「将来のリスクを排除する」という非情なロジックが、今の自分にも少し刺さってしまいました。
実は私は、48歳の時に会社を引退しています。
あるプロジェクトの会議で、私より若いメンバーが次々と新しい技術の提案を出しているのを見たとき、「もう次の時代は始まっているな」と感じた瞬間があり、それ以来「50歳までには後輩に道を譲りたい」という思いを抱くようになっていたんですね。
かつての右肩上がりの時代とは違い、今は昇進ポストが限られています。部下は優秀ですが、私がその椅子に座り続けている限り、彼らが次のステップへ進む道は塞がれたまま。
実際、当時のチームには、私よりも新しい技術に強く、次のプロジェクトを任せても十分やれると感じるメンバーが何人もいました。
その姿を見ながら、「自分がこの席に座り続けることが、本当に組織のためなのだろうか」と考える時間が増えていったのです。
自分が組織において「停滞を招く負債」になるのではないか。その恐怖と向き合った末の、フリーランスへの転身でした。
司が千空を排除したのとは形こそ違いますが、「次の世代のために、今ある強者が身を引く」という判断の重みは、痛いほど理解できるのです。
孤独なデバッグを支える「楽しさ」の正体
千空が目覚めてからの半年間。
火を起こし、住処を作り、衣食住をゼロから構築する日々は、気が遠くなるような孤独なデバッグ作業の連続です。
私にも似たような記憶があります。若く情熱に溢れていた時代、周囲からは「大した価値がない」と思われているようなニッチな技術に没頭したことがありました。
最新の論文を次々と読み漁り、プログラムを組み、視覚化しては調整を繰り返す毎日。休日の概念もなく、深夜までオフィスにこもっていましたが、少しも苦しくなかったのです。
オフィスの照明がほとんど消えた夜中、モニターの光だけが机を照らしているような時間帯に、
グラフの挙動が理論通りに変わる瞬間があります。
「ああ、やっぱりそうなるよな」と小さく声が出るあの感覚。
周囲がどう評価しようと関係ありません。自分の中の「なぜだろう?」「必ずこうなるはずだ」という知的好奇心が満たされる瞬間の快感でした。
この「孤独なデバッグ」を楽しめるかどうか、
自分にとってはあの時間が忘れられない原点だったなと感じました。
チームという名の「不合理なバッファ」
千空は後に体力担当の大樹を目覚めさせ、生存率を劇的に上げました。一人でいればリスクは自分だけで完結しますが、仲間がいれば守らなければならない「コスト」が発生します。
現在、私はフリーランスとして活動していますが、外部のサポートメンバーに助けられることが多くあります。彼らは単なるリソースではありません。私が指示を間違えれば的確に指摘してくれ、私が体調が悪そうなときはそっと気づかってくれます。
論理だけで考えれば、外注は契約通りのアウトプットを出せば十分かもしれません。しかしそこに「人」が介在することで、数値化できない力が生まれます。その「頑張ろう」と思える心の余白こそが、孤独なエンジニアにとって最大のバッファ(緩衝材)になるのです。
すべてを失う「強制リセット」が起きたら
千空は司によって命を絶たれる寸前まで追い込まれました。もし私のこれまでのキャリアや資産が一瞬で白紙になるような「強制リセット」が起きたらどうするか、と考えてみました。
正直なところ、最初の半年や1年は、魂が抜けたようにぼーっと過ごすことになるでしょう。ショックを消化するには、それだけの時間が必要なはずです。
ですが、私は知っています。
自分がまた、何かに興味を持って動き出すことを。
今の時代であれば幸いにもPCがあり、AIという果てしない荒野が広がっています。体力と気力が許す限り、私は再び画面を開き、進化し続けるAIの世界に没頭することになるでしょう。
千空が石化した3700年を秒単位で数え続け、目覚めた瞬間に「100億%生き延びてやる」と確信したように、エンジニアとしての本能は、リセットされた場所からしか見えない景色を、また探し始めるに違いありません。
人が本当に好きなことや探究心は、
肩書きや環境が変わっても消えるものではない。
千空の半年間を見ながら、私はそんな当たり前のことを、改めて思い出した気がしました。
今回のまとめ
千空が3700年の孤独の中でも科学を捨てなかったのは、それが彼にとって「生きる理由」そのものだったからでしょう。
肩書きや立場、環境は、人生の中でいくらでも変わります。私自身も会社を離れ、働き方が大きく変わりました。それでも、不思議なことに「なぜだろう」「どうしてそうなるんだろう」と考える楽しさだけは、昔と少しも変わっていません。
結局、人が本当に手放せないものとは、
肩書きでも立場でもなく、その人が心から面白いと思える探究心なのかもしれません。もしある日、すべてがリセットされたとしても、きっと私はまた何かを調べ、試し、考え始めるでしょう。
千空の半年間を見ながら、そんな自分の「仕事の原点」を改めて思い出した気がしました。


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