圧倒的なスピードとテクニックを誇る天才・宮田一郎に対し、ボロボロになりながらも立ち向かう幕之内一歩。絶体絶命の瞬間、彼が放った「カウンターへのカウンター」は、理屈を超えた執念の一撃でした。
結果はKO負け。でもこの敗北は一歩にとって「プロとして生きていくための手応え」を掴んだ、何にも代えがたい財産となりました。
この一戦を振り返るとき、私はエンジニアとして経験してきた「格上への挑戦」や「報われなかった時代の記憶」を思い出さずにはいられません。
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瞬間に導き出した「二つの解」:格上を驚かせたエンジニアの直感
一歩が宮田の予測を上回る一撃を放ったように、現場では長年の経験が「直感」という名の最短ルートを導き出す瞬間があります。
かつて他部門のベテラン企画職の方から、実現の難しそうな要望について相談されたことがありました。その瞬間、私の頭には即座に二つのルートが浮かんだのです。
その場で「二つの案があります」と伝えつつ、片方はXXX、もう片方はXXXという方向性を提示しました。
間髪入れずに返された具体的かつ現実的な最適解に、その方は目を丸くして驚き、言葉を失っていました。それはまさに、格上の宮田が「素人の一歩に、なぜこれほどのパンチが打てるのか」と震撼したあの瞬間の構図そのものでした。
積み上げてきた膨大な失敗と成功の蓄積が、思考を加速させ、相手の想像を超えた価値を提示できた。エンジニアとして、積み上げが確かに役に立ったと実感した忘れにくい記憶です。
新人時代の「蔵入りプログラム」が、数年越しに息を吹き返した日
スパーリングで負けはしたものの、一歩は自分のパンチが通用することを確信しました。ビジネスにおいても、「一度は否定されたものが、時を経て認められる」というドラマがあります。
私が新人時代、心血を注いで開発したものの、当時は評価されずに「お蔵入り」となってしまったプログラムがありました。しかしその後、数年が経ち、私が要求仕様を作成する立場になったとき、「これを組み込んだらどうか」と再びそのアイデアを提案してみたのです。
すると当時のメンバーたちが「それ、いいじゃん!」と二つ返事で賛成してくれました。正式な仕様書の中に、かつての自分の「分身」が刻まれた瞬間、何とも言えない報われた思いで胸がいっぱいになりました。
最終的には製品化のハードルが高く削除されることにはなりましたが、「会社として一度でも真剣に検討された」という事実は、私の中で今も消えない確固たる手応えとして残っています。
座標としてのライバル:定年後に「自分の道」を走る先輩の背中
宮田という目標ができたからこそ、一歩は過酷な練習に耐えることができたと思います。52歳になった私の場合で言えば、今の「目指すべき座標」となっているのは、かつての会社の先輩です。
その方は会社を引退した後、ずっと趣味で続けていた音楽に専念し、今では現役のミュージシャンとして活動しています。自分の好きな道を、脇目も振らずにひたすら走るその姿は、あまりにも眩しく美しい。
「我が道を行く」「楽しみながら歩き続ける」。
そうした大人が身近にいることは、後を追う者にとって最高の勇気になります。あの人のように、自分もいつまでも好奇心の赴くままに歩き続けたい。その背中は、私が人生というリングで走り続けるための、消えない指針となっています。
迷いなく一歩を踏み出す「勇気や爽快感」の正体
「強いって、一体どんな気持ちですか?」
一歩が物語の冒頭で発したこの問い。それは新しい課題や未知の技術に立ち向かうとき、多くの人が抱く不安と期待が入り混じった感情そのものとも言えます。
数多くの現場を潜り抜け、50代を迎えた今、私が感じる「強さ」とは、決して揺るがない自信というよりも、むしろ「迷いなく最初の一歩を踏み出せる勇気や爽快感」に近いものだと思います。
目の前の困難をどう分解し、どう立ち向かうか。
その道筋が、経験という血肉によって自然と身体に刻まれている。その状態にあるとき、仕事はもはや「苦労」ではなく、次なる展開への「ワクワク」に変わっていくものです
はじめの一歩 第3話のまとめ
肉を切らせて手応えを掴む。 敗北を恐れず、自分の「論理」と「直感」を信じて前に出ること。 そして、何よりも自分自身が「楽しんで」走り続けること。
一歩がリングで見せた勇気は、形を変えて私たちの日常のあちこちに存在しています。私もまた、かつての情熱を忘れることなく、エンジニアとして、一人の人間として、より高い次元での挑戦を続けていきたいと思います。

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