仕事で距離を取るべき兆候|最後まで耐えて消耗した経験

以前の私は、仕事を途中で離れることにかなり抵抗がありました。

方針がなかなか決まらず、責任の押し付け合いが増え、残業まで積み上がっている。それでも「もう少し頑張れば終わる」「最後までやり遂げるのがプロだ」と考えていました。

今振り返ると、危険な兆候そのものは見えていたんですよね。それでも私は、状況が改善しているかどうかではなく、「もう少し耐えれば終わるはず」という期待で判断していました。

結果として、仕事を続けるために頑張っていたはずなのに、自分の方がかなり消耗しました。それ以来、すべての問題へ最後まで正面から向き合うのではなく、関わる範囲を狭めたり、相談したり、距離を取ったりすることも、仕事を続けるための判断だと考えるようになりました。

「最後までやるのがプロ」と耐え続けていた

そのプロジェクトでは、なかなか方針が決まりませんでした。

一度決めたことが変わったり、問題が起きても誰が判断するのか曖昧だったりすることが続き、そのうち問題そのものをどう解決するかより、「誰の責任なのか」という話が増えていきました。残業も重なっていました。

今なら、「この状態は本当に一時的なのか」と一度立ち止まると思います。

でも当時は、

「プロジェクトには大変な時期もある」

「ここで抜ければ周りへ迷惑がかかる」

「最後までやり遂げるのがプロだ」

と考えていました。

途中で関わり方を変えたり、距離を取ったりすることを、どこかで逃げだと思っていたんですね。だから状況が悪くなっても、「もう少し自分が頑張れば何とかなる」と考えていました。

今思うと、仕事そのものだけでなく、「途中で離れてはいけない」という自分の考えにも縛られていたのだと思います。

危険な兆候が出ても「もう少しで終わる」と考えた

振り返ると、距離を考えてもよい兆候はいくつも出ていました。

たとえば、方針が何度も変わるのに、最終的に判断する人がはっきりしない状態です。現場では変更へ対応するたびに作業が増えます。それでも責任者の判断が曖昧なままなら、また同じような変更が起きます。

問題を報告した人が責められる雰囲気もありました。

本来なら、問題は早く出した方が対処しやすいはずです。それなのに報告した側が責められるようになると、「言わない方がよいのでは」と考える人も出てきます。問題そのものが見えなくなる方が怖いですよね。

残業や休日対応も、一時的なら私もある程度は仕方がないと思います。ただ、それが続いているのに、私は「今だけだろう」と考えていました。

つまり、兆候を見ていなかったわけではありません。見えていたのに、

「もう少しで落ち着くだろう」

「ここを越えれば終わるだろう」

と、自分に都合よく解釈していたところがあります。

当時の私に足りなかったのは、「大変かどうか」を見ることではなく、状況を悪くしている原因そのものが改善しているかを見ることでした。

方針が決まるようになったのか、責任者が判断するようになったのか、残業を減らす動きが出ているのか。そこが変わっていないのに、「もう少し頑張れば終わる」と考えても、同じ状態が続く可能性があります。

消耗してから距離を取る判断が必要だと気づいた

そのまま仕事を続けた結果、かなり消耗しました。

単純に仕事量が多いだけなら、「忙しい時期を越えれば戻る」と考えられる場合もあります。でも、方針が決まらない、問題を出せば責められる、いつ終わるかも見えない。そうした状態が続くと、疲れ方が違いました。

それでも私は、途中で降りることへの抵抗を持っていました。

「ここまでやったのだから」

「今さら離れたら無責任ではないか」

そう考えるほど、さらに離れにくくなります。

今なら、ここで見るのは「まだ頑張れるか」ではありません。自分が関わり続けることで状況は変わるのか、相談すれば改善する余地があるのか、さらに時間や気力を使っても同じ状態が続くのではないか。そこを考えます。

仕事を続けるために、すべての問題へ最後まで付き合う必要はありません。

これは、消耗してからようやく分かったことです。

距離を取るというと、「辞める」「放り出す」という極端な話に聞こえるかもしれません。でも、その間にもできることはあります。

自分の担当範囲を明確にする。判断すべき人へ判断を戻す。必要以上のやり取りへ入らない。

当時の私は、こうした選択肢をほとんど持っていませんでした。

今なら距離を考える4つの兆候を見る

今なら、「つらいから距離を取る」という感覚だけでは決めません。

特に見るのは、次の4つです。

  • 方針が何度も変わるのに、責任者が判断しない
  • 問題を報告した人が責められる
  • 残業や休日対応が一時的ではなく常態化している
  • 心身に異変が出ても、相談先が機能していない

一つ当てはまったから、すぐ離れるという話ではありません。方針変更が多い仕事もありますし、納期前に一時的に忙しくなることもあります。

私が今見るのは、その状態が続いているのに、改善する動きがあるかどうかです。

たとえば、責任者が判断するようになったか。作業量を減らす動きがあるか。問題を報告しやすい状態へ変わっているか。相談した内容に具体的な対応が返ってくるか。

こうした変化があるなら、まだ様子を見る余地があります。

反対に、同じ問題が繰り返され、「もう少し頑張って」で終わっているなら、以前の自分と同じ判断をしていないか考えます。

当時の私は、危険な兆候そのものより、「まだ耐えられるか」で判断していました。今なら、「耐えられるか」より「改善しているか」を見ます。

辞める前に関わる範囲を狭める方法もある

危険な兆候が続いているからといって、すぐ仕事を辞められる人ばかりではありません。私も、すぐにすべてから離れたわけではありませんでした。

だから今は、「耐えるか辞めるか」の二択にせず、まず自分が関わる範囲を見直します。

たとえば業務連絡では、何を確認したいのか、誰の判断が必要なのかをできるだけ短く明確に返すようにしています。曖昧な相談へ何となく付き合っていると、いつの間にか自分の担当ではない問題まで抱えてしまうことがあるからです。

そんなときは、

「自分が判断できるのはここまで」

「ここから先は責任者の判断が必要」

と分けます。

相手との関わり方も同じです。話すたびに責任の押し付け合いになる相手や、必要以上にこちらを巻き込もうとする相手とは、仕事に必要な範囲でやり取りするようになりました。

もちろん、自分の担当まで放置するわけではありません。やるべき仕事はやる。ただ、相手の問題や組織全体の問題まで、自分一人で背負わないようにするということです。

相談して状況が改善するなら、まだ関わる余地はあります。一方で、相談先が機能せず、関わり方を変えても状況が悪化し続けるなら、さらに距離を取る必要があるかもしれません。

どこまで距離を取れるかは、仕事内容や立場によって違います。だからこそ私は今、「最後まで耐える」を最初から唯一の選択肢にはしないようにしています。

まとめ

以前の私は、方針が決まらず、責任の押し付け合いや残業が続いても、「最後までやるのがプロだ」と考えていました。

でも今は、次の兆候が続いていないかを見るようにしています。

  • 判断する人が決めない状態が続く
  • 問題を報告した側が責められる
  • 残業や休日対応が常態化している
  • 異変があっても相談先が機能しない

そして、兆候があることだけでなく、状況が改善する動きがあるかを確認します。

すぐ辞める必要があるとは限りません。自分の役割を明確にしたり、曖昧なやり取りを減らしたり、必要以上に関わらないようにしたりすることも、距離の取り方の一つです。

あの頃の私は、「まだ耐えられるか」で考えていました。今は、「この状況は本当に改善しているのか」を見るようにしています。

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