英語を学ぶと人生は変わる?映画学習から海外交流へ広がった体験

社会人になって英会話教室へ通い始めたころ、私には明確な目標があったわけではありません。海外へ行ってみたい。外国の人と話せたら面白そうだ。そんな漠然とした憧れがあっただけです。

教室へ通う一方で、当時大好きだった映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のシナリオを片手に、同じ場面を何度も見返しました。聞き取れないセリフを確認し、もう一度再生する。効率のよい勉強法だったかは分かりませんが、不思議と苦にはなりませんでした。

その英語が、やがて海外の友人とのメール交流につながり、私の世界を大きく広げてくれました。

この記事では、英語を学ぶことで人生が急に華やかになった、という話ではありません。好きな映画から始めた学びが、人とのつながりや考え方をどう変えていったのか、実体験をもとにお話しできればと思います。

社会人になってから英語を学び始めた

若いころの私は、海外へ漠然とした憧れを持っていました。

ただ、英語が得意だったわけではありません。学校で勉強した文法や単語は知っていても、実際に会話するとなると言葉が出てこない。相手の英語を聞き取ることも簡単ではありませんでした。

それでも、社会人になってから英会話教室へ通い始めました。

仕事が終わったあとに教室へ向かうのは、正直、面倒に思う日もあります。疲れている日は、日本語でさえあまり話したくありません。それでも続けられたのは、勉強というより、知らない世界へ少し近づく時間だと思えたからでしょう。

教室では、間違えるのが恥ずかしくて、簡単な言葉しか出せないこともありました。頭の中ではもう少し複雑なことを考えているのに、口から出るのは短い表現だけです。

「自分はこんなことしか言えないのか」

そう落ち込むこともありました。
ただ、通じない経験を何度かすると、完璧な文を作ってから話そうとする癖が少しずつ減りました。

知っている単語を並べる。身振りを使う。言い直す。

英語を学び始めて最初に変わったのは、語彙力よりも、間違ったままでも伝えようとする姿勢だったのかもしれません。

好きな映画を繰り返し見た

英会話教室だけでは、英語へ触れる時間が足りないと感じました。

そこで使ったのが、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のシナリオでした。

私は何度見ても飽きないほど、この映画が大好きでした。好きな作品なら、同じ場面を繰り返しても苦にならない。そう考えたのです。

聞き取れないセリフを何度も確認した

最初は、字幕を見れば分かるセリフでも、英語だけではほとんど聞き取れませんでした。知っている単語なのに、音になると別の言葉に聞こえる。話す速さについていけず、文の途中で置いていかれます。

そこで、本屋さんでシナリオを見つけ、それを見ながら同じ場面を何度も再生しました。

一文だけ確認するつもりが、気づけば前後の場面まで見てしまうこともあります。まあ、勉強というより普通に映画を楽しんでいただけかもしれません。

それでも、繰り返すうちに少しずつ音が言葉として聞こえるようになりました。一度聞き取れるようになると、そのセリフだけは妙にはっきり耳に入ります。

昨日までノイズのように聞こえてた音が、急に意味を持つ。あの感覚はうれしいものでした。

教材より感情のある言葉が残った

映画の英語は、教科書の例文とは違います。
驚いたときの声、言い争うときの速さ、相手へためらいながら話す間。その場面の感情と一緒に言葉が入ってきます。

だからでしょうか。机で覚えた表現より、映画で聞いた言い回しのほうが後まで残ることがありました。もちろん、映画を見るだけで会話ができるようになったわけではありません。

聞いた表現を自分で使おうとして、不自然な言い方になったこともあります。相手に聞き返されて、「映画では通じていたのに」と困ったこともありました。

それでも、好きな作品を通じて英語へ触れる方法は、学習を続けるうえで私には合っていました。

社会人の学びでは、効率だけでなく、
何度でも戻りたくなる題材を選ぶことも大切だと思います。

覚えた英語を海外交流で使ってみた

英語を学んでいても、使う相手がいなければ、自分がどこまで伝えられるのか分かりません。そこで当時の私は、ネットを通じて海外の人とメールを交わすようになりました。

思えば30年ほどの前になるでしょうか。今のように翻訳機能やAIが簡単に使える時代ではありません。短いメールを書くにも、辞書を引きながらかなり時間をかけていました。

送信ボタンを押す前には、何度も文章を読み返します。失礼な表現になっていないか。意味が逆になっていないか。冗談のつもりが、相手を困らせないか。

最初のころは、数行のメールでも緊張しました。それでも、返事が届くとうれしいものです。

自分の書いた英語が遠く離れた相手へ届き、相手の日常や考えが返ってくる。それまで英語は勉強する対象でしたが、このとき初めて、人とつながるための道具になりました。

英語力より知りたい気持ちが会話を続けた

海外の友人とのやり取りでは、
語彙が足りず、うまく説明できないことが何度もありました。

日本の習慣をどう説明すればよいのか分からない。相手の国の制度や文化について、前提知識がなくて質問の意味を取り違える。

ただ、分からないからこそ、もう一度聞きます。

「それはどういう意味ですか」
「あなたの国では普通なのですか」
「日本ではこうですが、そちらではどうですか」

英語が上手だったから交流が続いたのではありません。相手のことをもっと知りたいという気持ちがあったから、辞書を引き、言葉を探し、やり取りを続けられたのだと思います。

言葉が不完全でも、質問し合えば少しずつ分かります。逆に、英語が正しくても、相手への関心がなければ会話は続きません。

この経験から、外国語は能力を見せるためのものではなく、相手を理解するために使うものだと思うようになりました。

違う日常に触れて自分の常識が揺れた

海外の友人と話していると、
自分が当たり前だと思っていたことが、相手には当たり前ではないと分かります。

仕事への考え方、家族との距離、休日の過ごし方。似ている部分もあれば、驚くほど違う部分もありました。

最初は、どちらが正しいのかを考えてしまいます。でもやり取りを続けるうちに、正解が一つではないことを実感しました。

同じ出来事でも、育った環境や文化が違えば受け止め方も変わります。これは、その後の仕事でも役立ちました。

自分と異なる意見を聞いたとき、すぐに「分かっていない」と決めつけず、相手には別の前提があるのではないかと考えるようになったからです。

英語を通じて広がったのは、交流相手の数だけではありません。物事を見る角度そのものが増えました。

英語が仕事と人生の選択肢を広げた

英語を学び始めたとき、私は将来を細かく計画していたわけではありません。海外の友人と交流することも、仕事で英語を使うことも、最初から決めていたわけではありませんでした。

それでも、学び続けていると、
英語を使えることが次の機会につながりました。

海外の人とのやり取りへ抵抗が少なくなり、仕事でも国外のメンバーと話す場面に入りやすくなりました。

もちろん、ネイティブのように話せたわけではありません。聞き取れないこともありますし、会議で言いたい表現が出てこないこともありました。それでも、分からないまま黙るのではなく、確認しながら話すことはできました。

若いころに映画のセリフを何度も聞き返した経験も、海外の友人へ辞書を引きながらメールを書いた経験も、そこで生きてきます。そして、そうした交流の積み重ねの先に、今の私の生活へつながる大切な縁も生まれました。

英語を学べば、誰にでも同じ出来事が起きるわけではありません。英語そのものが人生を変えてくれるわけでもないでしょう。ただ、英語がなければ出会えなかった人や、知ることのなかった考え方が、私には確かにありました。

英語は人生の答えではなく、それまで見えなかった選択肢へ手を伸ばすための道具でした。

英語学習だけで人生が変わるわけではない

「英語を学べば人生が変わる」と言うと、少し大げさに聞こえるかもしれません。

実際、単語帳を覚えたり、資格を取ったりするだけで、暮らしが急に変わるわけではありません。私の場合も、英会話教室へ通っただけでは大きな変化は起きませんでした。

映画で聞いた言葉を楽しみ、メールで実際に使い、海外の人と関係を続けた。その行動が重なって、結果として人生の範囲が広がりました。学んだものを外で使うことが大切だったのです。

これは英語に限りません。

新しい技術や道具を身につけても、それを持っているだけでは何も起きないことがあります。『とんでもスキルで異世界放浪メシ』のムコーダも、ネットスーパーという能力を持っているだけでは、フェルとの関係は生まれません。

食材を選び、自分で調理し、相手へ差し出したからこそ、その能力が価値に変わりました。英語も同じだったように思います。

知っている単語の数より、それを使って誰と話したか。どんなことを知ろうとしたか。そのほうが、私の人生には大きく影響しました。

英語学習を始めるなら、最初から立派な目的がなくても構いません。

好きな映画を字幕なしで少し聞いてみたい。海外の人へ短いメッセージを書いてみたい。そんな小さな目的でも十分です。

学んだ言葉を外へ出してみると、思っていなかった反応が返ってきます。そのやり取りの中に、次の学びや出会いが生まれるのだと思います。

まとめ|英語は人とつながる選択肢を増やしてくれた

私にとって英語学習の一番大きな成果は、難しい表現を覚えたことでも、流ちょうに話せるようになったことでもありませんでした。

それまで接点のなかった人と、直接やり取りできるようになったことです。

英語が完璧でなくても、知りたいことを尋ね、自分の考えを伝えようとすれば、交流は始められます。そこから何が生まれるかは分かりません。仕事につながることもあれば、考え方を揺さぶられることもあります。

私のように、その後の暮らしへつながる大切な縁が生まれる場合もあるでしょう。ただし、英語が自動的に人生を変えるわけではありません。

覚えた言葉を使い、相手へ関心を持ち、関係を続けようとしたとき、初めて新しい扉が開きます。

英語を学ぶ意味に迷っているなら、遠い将来の成果だけを考えなくてもよいと思います。好きな映画の一言を聞き取る。短い英文を誰かへ送ってみる。その小さな行動が、今いる場所の外側へつながるきっかけになるかもしれません。

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